今だから言いたい‼ 不登校のこと

小4から中3までの5年にわたる娘の不登校。不安、悲しみ、怒り・・・そして感謝。

『トイレの神様』

トイレの神様

 

って本当にいらっしゃると思うのです。

 

今回は誰か一人でもいいのでお伝えしたくて、綴ることにしました。

 

なぜ私がそう信じるかというと、周りの夢や願いを叶えている人が、みなさん毎日のトイレ掃除を習慣にされているからです。

 

そして私も、ここ3ヶ月ほど、ほぼ毎日トイレ掃除をしています。

 

(ほぼというのは、わが家には1・2階にそれぞれトイレがあるのですが、たまに2階のトイレ掃除を忘れることがあるからです)

 

朝イチでやるほうがいいみたいですが、私は次女のお弁当を作ったり、トイレ掃除の途中で「トイレ使いたいっ」ということがあるので、基本的には家族みんなが出かけた後にやっています。

 

 

昔、歌にもありましたよね。

 

トイレ掃除をするとべっぴんさんになれる、とかいう歌詞の。

 

そういえば、2人の娘たちの出産前はかわいい子が生まれるということを信じて、トイレ掃除をよくしていました(笑)

 

 

トイレ掃除をするときに心の中で願っているのは、

 

「〇〇が今日一日、病気、怪我せず元気に無事すごせますように。」

 

ということ。

 

家族全員と両家の両親の名前をそれぞれ最初につけて願っています。

 

さらに、不登校で苦労してきた次女には

 

「学校で楽しい時間を過ごせますように」

 

ということも付け加えます。

 

 

願う内容は同じなのですが、これを全員分続けて願うのは実は難しいことです。

 

願っている途中で、

 

「あ、実家にこのことで連絡しなきゃだった。」

 

とか、

 

「今日のお昼は何にしようかな。」

 

など、色んな雑念がよぎるのです。

 

それでもなんとか、毎日のトイレ掃除を習慣にしています。

 

 

ひとつ、トイレ掃除しながら願ったことが叶いました。

 

それは、娘が体育の授業で持久走の設定タイムを切ることができたことです。

 

小学4年生から不登校になった娘は、高校に入り数年ぶりに体育の授業を受けました。

 

もちろん持久走なんて4、5年ぶりのことでした。

 

何分以内にゴールできないと補習と決まっており、ほとんどの生徒はこれをクリアできるのですが、娘はなかなか切ることができずにいました。

 

だんだん、体育の授業がある日は学校に行くのを嫌がるようになりました。

 

ある日の朝、

 

「今日は体育の授業と放課後補習もあるから2回も走らなきゃいけないんだよ。

もう本当に嫌なんだけど。」

 

と半べそになりながら訴える娘に、

 

「ほんとそうだよねぇ。2回も走るなんて疲れるよねぇ。」

 

共感だけして学校に送り出しました。

 

そして、その後トイレ掃除に向かい、いつものお願いのほかに

 

「今日こそ〇〇が持久走のタイムを切れますように!」

 

と何度も何度も願いながら必死にトイレ掃除をしました。

 

そうすると、帰宅した娘が

 

今日はタイム切れたよ!補習のときはまた無理だったけど。」

 

とすっきりした顔で報告してくれたのです!

 

これがトイレ掃除のおかげかどうか・・・

 

私はおかげだと信じています!

 

信じる者は救われます‼

 

トイレ掃除を一回したくらいで願いが叶うなんて、と思われるかもしれませんが、

 

毎日のトイレ掃除

 

ぜひ習慣にしてみてください。

 

5分もかかりませんから。

 

トイレの神様

 

はきっと喜んでくれますよ。

『合格』のあとが大事

受験シーズン真っ只中ですが、推薦や専願で合格し、進学する高校が決まった子供さんもいると思います。

 

これで一安心。

 

ではないです。

 

『合格』のあとが大事なのです。

 

早く決まったからこそ、高校入学まで時間があるからこそ、今がとても大事です。

 

親として今やるべきことは

 

①中学卒業式までなるべく登校できるようにする。

(1日でも、1時間でも、数十分でも)

 

②一日3回は子供を本気でほめる

 

です。

 

もちろん、合格できたこと自体はすばらしいことなので、その頑張りについてはたくさんたくさんほめてあげなければなりません。

 

そのあとで、この二つが高校で通学できるようになるためにはとても大事なのです。

 

①中学卒業式までなるべく登校できるようにする。

 

これは、他人と交わる練習が必要だからです。

たとえ交わることができなくても「他人の目に自分をさらす」ことの練習になります。

 

高校生になると顔見知りの同級生の数はかなり減り、すぐには友達ができずに一人でお弁当を食べたり、教室の移動をしたりすることもよくあることです。

 

それでも、その場に身を置くことができること。

 

最初はそれが重要だと思います。

 

そうしているうちに、少しずつ話せる子ができ友達になっていきます。

 

うちの娘の場合は、進学先が決まるのが遅かったこともあり、今の時期はほぼ毎日別室登校していました。

 

別室の友達や保健室の先生方との交流が高校入学前のよい助走となったと思います。

 

そのおかげで高校入学してからも、なんとか通ううちに友達もできました。

 

 

先日、久しぶりに学校を休んだ娘が私に言いました。

 

「今でも中学の時みたいに学校行くのが怖い気持ちになることもあるけど、前と違うのは、自分が休んだら「大丈夫?」とか「今日来ないの?」とか言ってくれる友達がいることかな。」

 

学校に送り出す側の家族よりも、学校で待っていてくれる友達の存在のほうが、娘を引っ張ってくれるのです。

 

 

②一日3回は子供を本気でほめる

 

これは

 

『インプットよりもアウトプットが大事! 』

 

に書きましたが、子供の心のコップの中に自信の水を満たしてあげるために、毎日

3回本気でほめる(言葉かけをする)というものです。

 

これは「コンプリメント」という言葉がけを主とした子育て法で全国を講演活動されている森田直樹さんが、これまでの経験をもとに構築された子育て法です。

 

『本気で』ほめるには、しっかり子供をみていいところを探さないといけません。

 

毎日家でダラダラしている娘を横目に、褒められるようなところを探すのは容易ではありませんでした。

 

でも、しっかり見ていると褒めるところはたくさんあるのです。

 

人に共感してあげられる優しい心、歌がうまい、英語の発音がすばらしい、ゲームがうまい、記憶力がいい、お菓子作りが上手・・・などなど。

 

森田直樹さんの著書

「コンプリメントで不登校は治り、子育ての悩みは解決する: 子どもの心を育て自信の水で満たす、愛情と承認の言葉がけ (教育単行本)」

に、登校できるようになってからも3年はほめること(言葉がけ)を続けた方がよいと書かれていました。

 

なので娘が高校を卒業するまでは、「意識して」ほめようと思っています。

(無意識にいいところをほめる習慣がつけばいいのですが)

 

 

高校入学前の子供を持つ親は、子供が義務教育から離れることで今までのように学校を休むことができない現実を前に不安もたくさんあると思います。

 

でも、一番不安なのは実際に高校という未体験の場に身を置かなければならない子供のほうです。

 

入学までの不安な気持ちのフォローは大事です。

 

そして、

 

入学した子供が期待を打ち砕かれて帰宅しても、ちゃんと受け止められる心構え

 

これも親として覚悟しておかなければならないのです。

 

 

『合格』のあとが大事

 

ほっと一息つきたいところですが、親としてもう少しの辛抱です。

 

子供さんが高校生活のよいスタートをきれますように。

トンネルの出口

娘が不登校の状態で、毎日毎日悶々と過ごしていた頃、学校の先生やスクールカウンセラーの方などたくさんの方に

 

「この状態が一生続くわけではないですから」

 

と、何度も言われました。

 

そのたびに

 

「そんな簡単に言いますけど、じゃあいつこの状態からぬけだせるんですか?」

 

「『トンネルの出口』まであとどのくらいかかるんですか?」  

 

と、いつも心の中で思っていました。

 

 

去年の春、高校に入学してからあと少しで一年が経つという今、やっと『出口』が見えてきたと思っています。

 

 

では、いつぐらいから出口が見え始めたのでしょうか?

 

実は、そう思えるようになったのはつい最近のことです。

 

というよりも、これまで二度も出口と見間違えて落ち込んだことから、

 

「いやいや、まだまだ出口なわけがない。」

 

と自分に言い聞かせるようになっていたのです。

 

 

 最初の見間違えは、中学に入学するときでした。

 

娘は、入学式に参加し教室にも入り、そのあと友達と卒業した小学校に制服姿を見せに行ったので、

 

「やっぱり中学生になったんだから、気持ちも切り替えて登校できるようになるんだな。」

 

と思ったのです。

 

ですが、翌日からぱったりと行かなくなりました。

 

後に娘に、なぜあそこまでできたのに、翌日から全く行かなくなったのかたずねると、

 

「やっぱり無理だな」

 

みたいなことを思ったそうです。

 

そして、行けない日が続くと、

 

「もうみんな友達になってグループとかもできてるから、今さら行ったって入れない。」

 

と思い、ますます足が遠のいたようです。

 

 

その次の見間違えは、娘が中3になった初日からほぼ毎日登校できるようになったころです。

(再登校のきっかけは・・・ - 今だから言いたい‼ 不登校のこと)

 

「 受験もあるし、きっとこのまま行ってくれるんじゃないかな。」

 

「やっと、この長いトンネルから抜け出せるかも。」

 

そんな感じで思っていました。

 

でも、いきなりそんなことが続くわけはありません。

 

2学期に入ると体調不良で登校できない日が増え、精神的にもかなり不安定になりました。

 

「そうだよね、そんなにうまくいくわけないよね。私が気を抜いたのもいけなかったのかも。」

 

トンネルの出口が見えてきたと勘違いしていただけに、落ち込みました。

 

 

このような経験から、それが出口だと確信することが怖くなってしまったのです。

 

 

 

高校に入学し、あと少しで一年が経ちます。

 

『トンネルの出口』

 

からの光は確かに見えています。

 

「もう少し、もう少し。 」

 

出口を目指し進む娘に、心の中でエールを送るのです。

タイミングを逃さない‼

『タイミングを逃さない』

 

これはとても大切なことです。

 

子供が手を伸ばしてきた時に

その手を握ってあげないと、

あとから手を差し出しても

子供はその手を握ってくれない

 

のです。

 

何か相談したいとき、愚痴を言いたいとき、心配なことがあるときなど、子供は親に助けを求めて手を伸ばしてくるときがあります。

 

でも、ついつい自分の都合でその手を握らず、あとになって何だったの?と手を差し出してみる。

 

でも、その時にはもう遅いのです。

 

子供は違う方向を向いていて、親が差し出した手なんて必要としなくなっているのです。

 

そういうちょっとしたタイミングの遅れが、少しずつ子供の心に蓄積し、親に対する不信感がつのっていくのです。

 

昨日の夜、バラエティ番組を見ながらゆっくりしていた私に娘が何か話しかけてきました。

 

「ねぇママ。〇〇〇〇なんだって。」

 

ちょうど、興味のある内容のときだったので

 

「え?ごめん、ちょっとまって!」

 

と答えてしまい。ハッとしてテレビの音を下げ

 

「ごめん、なんだって?」と

 

と聞き返しました。

 

でも、もうすでに遅かったのです。

 

「いや、もういい。」

 

「ごめん!聞こえなかったもん。」

 

「2回も言ったし。もうめんどくさい。」

 

というやりとりになってしまいました。

 

でも、今回は私も負けじとしつこく聞き返し、なんとか娘から話を聞くことができました。

 

あのまま娘が2階に上がってしまっていたら、もうその話は聞けなかったでしょう。

 

 

『タイミングを逃さない』

 

本当に大切です。

 

日々意識して、その手を逃さないようにしないと、いつか子供のほうが手を伸ばすことをしなくなると思うのです。

 

手を伸ばしてきてくれたときは、すぐにその手を握ってあげられる親に、 何年経ってもなかなかなれません。

 

そんな自己中心的でわがままな自分に、また気づかせてもらいました。

始業式

あっというまに冬休みが終わり、水曜日からまた学校が始まりました。

 

前日の夜まで

 

「学校行きたくない。」

 

と言っていたので、娘が家を出るまでは気を抜けずにいましたが、

 

強風の中、自転車で登校していきました。

 

 

4日ほど前からなんか様子が変になり出した娘。

 

自宅のトイレ近くのすみっこに電気もつけず座り込み、スマホをいじってみたり、イライラしたり、顔にはニキビが数か所できていました。

 

「学校が気になりだしたんだなー」

 

と思っていましたが、私からは何もふれませんでした。

 

そして3日前になり、

 

「学校行きたくない」

 

ぼそっと言いました。

 

「きたかーっ!」

 

と思いつつ、冷静を装い

 

「そうなんだ、行きたくないんだねぇ。

何が一番嫌なのかな?」

 

「わからない。」

 

「友達関係かな?学校の雰囲気かな?」

 

「わからない。けどもう無理、行きたくない。」

 

と泣き出しました。

 

「そっかー。どうしようかなぁ。

考えないようにはできないもんねぇ。

どうしたら行きやすくなるかなぁ。」

 

などと言いながら、ただ側にいてあげること、それしかできませんでした。

 

 

その日の夕食のあと、娘の方から切り出してくれました。

 

「色々考えたんだけどね、私はみんなと仲良くしたいと思うけど、周りがみんなそうじゃないから、それを間に入って争いがないようにしたりとかするのがきついんだと思う。今、どう行動したほうがいいのかをすごく考えなきゃいけなくて、それにも疲れる。」

 

というのです。

 

娘のクラスは思ったことを口に出す子が多いようで、たまにグループ同士のケンカみたいなことが起こるそうです。

 

娘的には、そうなってほしくないから仲の良いグループの子にもたまには注意したりしているようですが、その度が過ぎてもいけないし(そのグループに居づらくなるので)、かと言って何も言わないと、またトラブルが起きてしまうようです。

 

「〇〇がそんなに一人で頑張らなくてもいいんじゃない?

周りに気を使い過ぎて疲れるでしょ?

ケンカになったら、それはそれで仕方ないよ。」

 

と言うのですが、娘的にはやはりケンカは避けたいようで、間に入らずにはいられないと言います。

 

30分ほどでしょうか、2人で色々話をし、なんだかすっきりしたようでした。

 

結局、

 

「こうすればいいんだ!」

 

という答えはでませんでしたが、娘が自分で考え、解決策ではないけど今の自分はこうしかできないと思ったのだと思います。

 

始業式の翌日、なかなか起きない娘を起こしに行くと、頭が痛すぎて起きれないと言います。

 

もうこれにも慣れました(笑)

 

(いやいや本人は本当に痛いのだと思います。)

 

でも、頭痛で起きられないのも、私は何もしてあげられないのです。

 

結局、娘自身が

 

それでも体を起こす

 

のか、それともあきらめて

 

「今日は学校休む」とするのか

 

を決めるしかないのです。

 

「どうするの?」となるべくおだやかに聞くと、何分までには起きるから、車で学校まで送ってほしいと言います。そして、言ったように起きてきて準備をした娘を学校まで送り届けました。

 

まだまだ不安定で,不器用だけど、やっぱり成長しているのだと思います。

 

 

 

 小学校、中学校と、新学期が始まるたびに、

 

「今度こそ」起きて登校してくれるかもしれない

 

そう思っては、その期待どおりにいかず、苛立ったり落ち込んだりしてきました。

 

でも、それができずに落ち込み、自分の事が嫌いになり、居場所がなくて苦しんでいるのは、その子自身です。

 

だから、

 

決して責めることをせず、

 

その子が自分で起き上がることができるように、

 

たくさんたくさん愛情を注ぐこと

 

が大切です。

 

私はそれができず、ずいぶんと長い間娘を苦しめてきました。

 

だから、今、その分一生懸命に愛情を注ぐのです。

 

子供と一緒にいられる時間は長いようで短いですから。

神様からの宿題

「神様からの宿題は提出したほうがいいんです。そうすれば、あとから必ずご褒美がもらえるから。

もし、提出せずに逃げれば、まだ同じような 宿題が出されるんですよ。」

 

これは、私が尊敬してやまない方の言葉です。

 

あと2年ほどで60歳になるその方は、語学を教える仕事をされています。

 

まる一日お休みの日なんてほとんどないくらい忙しくされているのに、いつも笑顔でスタイルもよく、同じ女性として憧れの存在です。

 

そして、自分のことよりも、出会った生徒さんや保護者の方など、他人のことを一番に考えて行動できる方。

 

体調が悪い人には手作りのドリンクを届けたり、自己肯定が低い人には前向きになれそうな本を届けたり、小さいノートにたくさんメッセージを書いて渡してくださったり。

 

(私たち母娘もたくさんの本やメッセージをいただきました)

 

語学以上に、

 

人としてどうあるべきか、

 

人生を楽しむためにどのように生きたほうがよりよいか、

を教えてくださる方です。

 

『神様からの宿題』

 

とは、自分にやってくる困難のこと。

 

弱い私はついつい逃げたり、人のせいにしたりしてきました。

 

娘に出された宿題も、私がかわりにやってあげようとしたり、しなくていいよと言ってしまったりしていました。

 

娘が高校生になり、本当に色んなことがあります。

特に友人関係です。

 

こないだまで仲が良かった子と、なんだか急にうまくいかなくなったり、SNSで文句を言われたり。

 

そんなとき、

「明日から学校行きたくない」

とか

「もう学校辞めたい」

とか言います。

 

そして、しばらく落ち込んだり、私に八つ当たりしたりします。

 

でも、そのあとで、メールで自分の気持ちを伝えたり、自分が悪いなと思ったところは謝ったり、と頑張ります。

 

もちろん、相手にうまく伝わらなかったり、結局離れてしまったりすることもあります。

(その方が多いかもしれません。)

 

そんな娘を見ながら、この子は必死に神様からの宿題をやってるんだなぁと思います。

 

「こんなのできない!」と投げ出すのは簡単ですが、なんとか提出しようと頑張る。

 

娘には、

「命より大事なものはないから、精神的に無理という状態になるくらいなら辞めていいよ。」

と伝えてあります。

 

でも、困難は成長できるチャンス。

 

こんなに沢山の困難があるけど、それを娘なりにひとつずつ乗り越えてほしい。

 

そうすればきっと、将来同じような宿題が出されても、今よりも上手に、簡単にこなすことができるでしょう。

 

そして何より、そのような様々な経験をしていれば、それだけ色んな人の気持ちがわかってあげられる人になれるはずです。

 

娘から、どうしたら良いと思う?と助けを求められたら、一緒に考えます。

 

答えはすぐには出ないことも多く、間違うこともあるかもしれません。

 

それでも

 

『神様からの宿題』

 

は提出できるように、まずは取り組んでみる。

 

どうしてもできない宿題は仕方ないです。

 

もう少し成長してからまたチャレンジすればいいのです。

 

そういう捉え方もまた大切ですね!

 

不登校×高校受験 Part2

寒さを感じるようになり、一年前のことをよく思い出します。

 

高校受験を前に、娘も私も焦りがつのってきたころでした。

 

去年の手帳を見返すと、登校した娘が腹痛になり迎えに行ったとか、吐き気と頭痛で休んだ、など体調が悪い日が増えたこともわかります。

 

そんな中でも自ら塾に行きたいと言い、12月1日に二人で面接に行き、その場で通塾を決めました。

 

『不登校×高校受験 Part1』にも書きましたが、最初の受験校を決定する直前のテストでは5教科の合計点が37点(250点満)だったのが、1月の入試直前模試では61点にまで上がりました。もちろん、点数的にはものすごく低いですが、小学卒業レベルだった娘からすると、努力の結果だったと思います。

 

それでもやはり、希望校にはひとつも合格をいただけず、一番最後に受ける気がなかった高校を受験し合格をいただきました。

 

 結果は娘の望んだものではなかったかもしれませんが、きっと今の高校にご縁があったのでしょう。

 

入学して半年ちょっとの間にも友人関係でいろんなトラブルがありました。

 

「もう無理。辞める。」

 

と言ったことも何度もあります。

 

どうしてもきつくてお休みした日もありました。

 

それでも、休んだ翌日には登校しています。

 

こうやって頑張ることができるのは、やはりあんなに大変な思いをして入学した高校だから、というのもあると思います。

 

そして「高校」ではなく、「その先」(進学)を見据えることができているからだと思います。

 

だから、簡単に辞めたりせずに、本人なりに考えて、色んな友人間のトラブルや体力的にきつい行事、学習も乗り越えていっているのです。

 

受験勉強は、たとえその結果が望んだものでなくても、その経験がその子のをたくましくし、自分の人生を考えるよい機会にもなるのだと思います。

 

いまのところ、進学を考えている娘ですが、

 

自宅学習はほとんどしていません。

 

高校受験の二の舞にならないように、そろそろ・・・と願ってはいますが、日々成長している娘を見ていると、不思議と

 

この子の将来は大丈夫

 

と思えてくるのです。 

不登校のその後

今年の春に無事、高校生になった娘。

 

入学してから6ヶ月が経ちました。

 

これまで

 

欠席3日

遅刻2日

早退1日

 

だけです。

 

7月くらいから、ちょこちょこと

「明日、学校休みたい。」

とか

「きつい。何も楽しいことない。」

とか

「学校辞めたい。」

と言うようにはなりましたが、それでも、朝になると

頭が痛いといいながらも起きてきて、学校に行きます。

 

 

勉強の方は

 

学校の定期テスト

 

クラス2位

 

でした。

 

といっても、娘が通う高校は学習レベルでいうと、すごく低いです。

おそらく県内公立校では最下位でしょう。

 

ですが、小学4年のときに不登校になってから、なかなか学習することができず、中3の11月になってやっと本格的に勉強を始めた娘が、ここまでなれるとは驚きです。

 

学校から宿題がでることはほとんどないので、自宅では勉強していません。

 

授業中と週1回の塾(数学)、家庭教師(英語)でする程度です。

 

レベルの程度はどうであれ、中3までは一日6時間も学校の机について授業を受けたことは

一度もない

のに、それができていることがすごいと思うのです。

 

最初慣れるまでがものすごくきつかったと思うのですが、娘自身が必死に努力した結果だと思います。

 

勉強だけでなく、行事もそうです。

 

今月初旬に体育祭がありました。

 

中学のときは救護テントで過ごしていた娘が、先日、高校の体育祭に

普通に

参加していました。

 

一生懸命に走ったり、楽しそうに友達とふざけ合ったり・・・

そんな姿を見ることができたのです!

 

何度も何度も涙が出そうになり、それをこらえるのが大変でした。

でも、幸せでした。

 

晴天の中、必死にリレーを応援したり、すばらしい演技に感動したり、こんなことができるのも娘がいるからだと感謝でした。

 

 

中3のとき、どこの高校を受験するか思い悩んでいた頃は、

 

受験に受かっても高校なんて通えないんじゃないか?

 

また不登校になって退学になったらどうしよう?

 

だったら最初から通信制がいいのではないか?

 

 などなど、不安と迷いでいっぱいでした。

 

でも、いつも後になって思うのが、

 

親が子供の可能性の限界を決めてしまってはいけない

 

ということです。

 

うちの子はこれができない、あれができない、と決めつけてしまって、その勝手に決めたわが子の限界』の中でできることを基準に色んなことを決定してしまう

 

これはよくないと思います。

 

子供だって、親から「これはできないよ」と言われたら、できないと思ってしまいますよね。

 

私はこれで色々失敗してきました。

 

でも今は、娘の可能性は私が思うよりもずっとずっと大きいのだと考えるようになりました。

 

だから今日も、娘の可能性を狭めてしまわないように、自分自身の言動行動に気をつけようと思うのです。

 

『自傷行為』かきむしり・リストカット

我が子が自分の体を傷つける

 

自傷行為

 

親として、とても辛く心配になります 。

 

 

私は、その傷を見るたびに

 

「あーあ、私のせいだな」

 

と思っていました。

 

なぜなら、自傷行為の前は必ず、

私が娘の気持ちを考えずに余計なことを言ってしまっていた

からです。

 

自傷行為に気づいたら、

 

①気づいていることを伝える

②心配していることを伝える

もし、自分が悪いと思ったら素直に謝る

(余計なことを言ったり、したりしたとき)

④じっくり話を聞いてあげる

   

 ことが大事だと思います。

 

特に③は、なかなかできないことかもしれませんし、そのときは自分のせいだと気づかないかもしれません。

でも、親でも悪いなと思ったらちゃんと子供に「謝る」べきだと思うのです。

 

 

うちの娘が最初に自傷行為をしたのは中学2年生のときでした。

 

リストカットなどの自傷行為は、よく耳にする言葉ですが、

 

まさか我が子がそんなことするなんて

 

思ってもいなかったので、ものすごいショックでした。

 

中学1年生の始めに、主人と担任の先生と話し合い、しばらくは登校(学校)と勉強のことは、本人がやる気になるまでは何も言わないことに決めました。

 

ですが、一年近く経ってくると、変わらない状況に私があせり、時々、登校や勉強のことを言うようになっていました。

 

娘の方は、この頃

 

「もう無理」

 「死にたい」

 「助けて」

 

という言葉を連発することがよくありました。

 

今思えば、どの言葉も娘の焦る気持ちから出るSOSだったとわかるのですが、このころの私は

 

「また言ってる」

 

とイライラを募らせるばかりでした。

 

 この日も、朝から娘が

「助けて!」

と何度も言うのですが、私もどうしてあげたらよいかわからず、

 

「私だって助けてあげられるんなら、とっくに助けてるよ!」

 

とばかりにイライラし、

 

「高校に行こうと思ってるなら、今できることをやっといたほうがいいと思うよ!」

と、冷たく言い放ったのです。

 

すると娘は泣きわめき、血が出るほどに腕をかきむしったのです。

 

最初、かきむしっていることに気づかず(気づこうとせず)、娘が泣きながら見せに来て初めて気づきました。

 

娘は泣きながら、もう2年生だしってあせりもあるし、勉強もしなきゃって思ってるけどできないと訴えました。

 

そうです。本人が一番あせっているんです。

 

テレビを観ているときも、寝そべってゲームしているときも、全然気持ちは穏やかではないんです。だから余計に、そのあせる気持ちをごまかすために、そんなことやってるんです。

 

なのに、そのあせる気持ちにわざわざ火をつけるような言葉をかけてしまっていたのです。

 

 腕の皮膚を削り取るほどにかきむしったその傷はなかなか治らず、いつまでも黒ずんだ傷跡が残っていました。

 

 

カッターで切ったような傷ではないので、保健室の先生などから

 

「それどうしたの?」

 

と聞かれることもありました。

なので、たまに登校するときは腕にグルグル包帯を巻き、先生に聞かれたら自転車でこけたと言っていました。

 

それからも、数回、かきむしることがありました。

 

私と口論になり、目の前でかきむしることもありました。

 

そういうときは、私は力ずくで止めました。

 

娘の両腕を掴み、それでもひっかこうとするのを力ずくで止めるのです。

 

足で蹴って私を引き離そうとしますが、意地でも離れませんでした。

 

まだ私の方が力が強かったのでできたことだと思います。

 

もしこれが男の子だったらできなかったでしょう。

 

 

そして、中学3年の10月に

 

リストカット

 

したのです。 

 

この日はめずらしく、朝から友達と2人で下見をかねて高校の文化祭に行っていました。

 

夕方、帰宅して部屋に戻った娘が、机の上に置いてあった主人からの手紙を読んで、その内容に怒って私を呼びました。

 

主人はこの春から単身赴任をしていました。

中3の二学期からまた登校できない日が増えてきている娘を心配して帰省の時に手紙を置いて行ったのです。

 

部屋に行ってみると、

「こんなの一番ストレス。手紙なんかいらない!

いつか、とか、絶対とか聞きあきたし!」

とわめき散らします。

 

手紙に書いてあった、

いつか行ける日がくるよ」

とか

「〇〇なら絶対できるから」

というような言葉が原因だったようです。

 

私は、

「そんなに嫌なら手紙捨ててもいいよ。

何でもそのまま受け止めようとするからきつくなるんでしょ。

嫌な言葉とか聞き流せるようになるのも必要だよ。」

と答えました。

すると娘は主人からの手紙をゴミ箱に投げ入れ、もういいよと言ったので、私は1階へ下りました。

(ちなみに、翌日ゴミ箱の中をチェックしたら、手紙はちゃんと取ってありました。)

 

しばらくして、また2階から呼ぶ声がするので行ってみると

 

娘が泣きながら「やっちゃったー」と手首を見せてきました。

 

 見ると、手首にカッターでひっかいたような傷がありました。

 

初めてのリストカットに内心驚きましたが、私は冷静を装い、泣きじゃくる娘を抱きしめながら「大丈夫、大丈夫」としか言えませんでした。

 

リストカットをしたのは、このときだけでした。

 

 高校生になった娘が言っていました。

 

腕をひっかいていたとき、無意識で痛みも感じなかったそうです。

ワーッと湧き上がった感情で無意識に腕をひっかき、ふと我にかえったときに初めて

【痛み】【恐怖心】【後悔】が湧き出てくるのだと。

 

我が子にこんな思いをさせたくないので、できれば自傷行為をしてしまう状況に追い込みたくはないのですが、そうしてしまった場合は、

 

①気づいていることを伝える

②心配していることを伝える

もし、自分が悪いと思ったら素直に謝る

(余計なことを言ったり、したりしたとき)

④じっくり話を聞いてあげる

 

そしてやっぱり、私自身が自分を見つめ直し、反省し、行動を変えていくしかないと思うのです。

 

不登校生にとっての【保健室の先生】

学校の保健室の先生】不登校生にとって、

 

とてもとても貴重な存在です

 

教室に行けない子が『登校したという事実』のために、なんとか足を運ぶことができる場所のひとつである保健室。

 

そしてそこには、色々言わず耳を傾け、共感してくれる保健室の先生がいるのです。

 

 娘は小・中と、大変お世話になりました。

 

小学6年生のときは、学校に行く日は増えましたが教室に行けなくて、いつも保健室で過ごしていました。

 

そのときの保健室の先生はとにかく明るくて、いつも笑っていらっしゃる印象でした。

 

そして、明るいだけでなく細やかな心配りもしてくださる方で、出張で保健室にいないときは、事前に娘の担任の先生に伝言をされていて、それを私のスマホに連絡していただいていました。

また、会議で席を外すときは娘が来た時に心配しないようにと手紙を置いておいてくださいました。

 

とにかく、話を聞くのが上手で、また娘の興味のあることに合わせて会話をされていました。

好きなアイドルやドラマの話を一緒になって楽しそうにされるのです。

 

そして、たまに保健室の掃除や簡単な作業などを娘に手伝わせてくださって、

 

「ありがとう!〇〇がいてくれて助かったー!」

 

と言われるのです。

 

人の役に立つということは嬉しいですよね。

娘も、そんな日は嬉しそうに手伝ったことを話してくれました。

 

中学のときは、保健室には二人の先生がいらっしゃいました。

一人はまだ臨時採用の若い先生でした。

 

正職員の先生は、にこやかにはされているのですが、娘に対して、勉強や行事への参加を何度も促されていたようで、帰宅してはその先生のことが苦手だと話していました。

 

ですが、臨時採用の先生は逆に

 

「無理しなくていいよ。できる範囲でいいよ。」

 

という感じでした。

 

そして、小学校の時の保健室の先生と同じように、娘の興味のあることに共感してくださって、時間があるときにはアイドルの話で二人で盛り上がっていたようです。

 

その先生は、娘が中2のときの採用試験に合格することができなかったので(私たちにとっては幸いなことでしたが)、娘は中2から中3にかけてお世話になりました。

 

特に登校できなかった中2のときは、よく放課後に我が家をたずねてくださり、娘と2人でアイドルのライブの話などをしてくださっていました。

 

家族以外と話す機会のない娘にとって、とても貴重な時間でした。

 

また、中3の高校受験のときは、自身の高校受験で失敗した体験を話してくださったようで、

 

「受験に失敗したことのないママにはわからないよ!」

 

と、娘は私の言葉には耳を傾けてくれなかったので、助かりました。

 

後になってわかったことですが、保健室の二人の先生方の対応が両極端だったのは、わざとそうされていたそうです。

 

一人が色んなことを促したりする刺激を与え、一人は「いいよいいよ」と受け止める。

 

そうすることで、娘の保健室での居場所も作りつつ、ちょっと背中を押してみる。

 

中3の最後のほうになると、最初苦手だと言っていた先生に対しての苦手意識も薄れていき、その先生から本を借りて読んだりしていました。 

 

臨時採用の先生は、娘が3年生のときに採用試験に合格されたので、3月には一緒に『卒業』することができました!

 

卒業後も会いに来ていただいたり、誕生日にはお祝いのメールをいただいたりしています。

 

娘も、先日、体育祭に参加できたことや近況を報告していました。

 

この先生から何度かプレゼントをいただいたことがあるのですが、その内容がすばらしくて、娘の興味のあるもの、好きな物にピッタリはまっているのです。

親の私でも選べないくらいのレベルなのです。

 

これまで、娘のことを

 

本当に理解しようとしながら接してくださっていた

 

のだなと、感心しました。

 

人にプレゼントをすることって難しいと思うのです。

よくよくその人のことを理解していないと選べないので、つい「無難な」ものになりがちですよね。

 

まだ20代の若い先生ですが、繊細な子の心を理解してあげられる、すばらしい方です。

 

きっと赴任された中学校でも、たくさんの悩める子供たちと共感してくださる

 

貴重な存在

 

に違いありません。

 

日記のすゝめ

 

ぜひぜひ、日記をつけてください!

 

おかげさまで、このブログを書くのに、何度も昔の日記や手帳を見返す機会があります。

 

といっても、日記はたまにしか書いてないのですが、昔の日記を読み返すと、あまりにも理不尽な自分の行動に情けなく、娘に申し訳ない想いが沸き上がります。

そして反省し、「今日こそは」と思うことができます。

 

5年前などは本当にひどいことをしていました。

口うるさく「勉強したら?」とか「テレビ見過ぎじゃない?」とか言ったり、娘が呼んでいるのに聞こえないふりをしたり・・・。

 

 

日記に娘の行動とそれに対する自分の行動を記しておくと、あとで読み返すときに客観的に判断することができます。

 

このときはこうすべきだった

 

とか、

 

娘はこういう気持ちだったんだろうな

 

とか、

 

なんてひどい対応をしてしまったんだろう!

 

とか。

 

 

そして、今だったらどういう対応をとるか考えます。

 

そうすると、日記を読んでいる今は冷静に色々考えることができるのです。

 

また同じような状況になったときに、これを思い出して前と同じ過ちはしなくてよいように考えるのです。

 

もちろん、また感情的になるかもしれません。

 

家でゴロゴロし、テレビやネット三昧の子供を目の前にするとイライラもしますよね。

 

そんなときは次の3つの方法を試してみてください。

これは精神科医の先生が教えてくれた方法です。

 

①深呼吸を3回する

  (怒ると交感神経が優位になり呼吸が早くなっているそうです。なので深呼吸して副交感神経を優位にし、怒りの感情を鎮めるのです。)

 

②ゆっくり話すことを意識する

  (怒ると早口になりますが、ゆっくり話すことで自分の感情が落ち着いてきます。)

 

③3分待つ

  (人間の怒りの感情はそう長くは続きません。だから、イラッとしてその勢いで言葉を発するのではなく3分だけ待ってみる。そうすると少し冷静になれます。)

 

余談ですが、人間の感情は伝染するそうです。

なので、自分がイライラしてその感情のまま相手に何かを伝えると相手もイライラしてしまいます。そうなると、ただの親子ゲンカですよね。

特に思春期の反抗期の子供です。すぐに感情に火がつきます。

 

感情のコントロールはなかなか難しいですが、大人でも難しいのですから、まだまだ未熟な子供たちはできなくて当たり前。

 

そう思うと、暴言を吐かれても

 

「はいはい、イライラしてるのね」

 

心の中で微笑んで、軽く受け流すこともできるようになります。

 

 

ぜひ、日記をつけください。

そして読み返してみてください。

反省すること以外にも、子供や自分の成長に気づくこともたくさんあるので!

「甘え」&「甘やかし」

子供の要求に応えてばかりいると、子供がわがままになってしまうのではないか?

 

そしてそれが、学校に行きたくないという

「甘え」

に繫がっているいるのではないか?

 

そう思ったことはありませんか?

 

私は、娘が学校に行きしぶり始めた小学4年生のとき、なぜ行きたくないのか明確な理由がわからなかったため、

 

朝起きるのが嫌なのでは?

 

寒い中、歩いて行くのが嫌なのでは?

 

と、単なる娘の「甘え」からきているのではと思った時期がありました。

 

「みんなだって眠いし寒いけど我慢して行ってるんだから、あなたも甘えないで頑張らないといけないでしょ」

 

といった感じです。

 

そして、その「甘え」は私が甘やかし」てきたからだと思いました。

 

でも、それから数年たった今、登校できなかったのは娘のわがままではなく、また私の甘やかしのせいでもなかったのだと思います。

 

要因は色々あると思いますが、一つに、私が娘の発する

 

「甘え」に応えていなかった

⇒「甘やかし」ていなかった

 

ということがあります。

 

育児関係の記事を読むと、子供は小さい頃に親などに甘えることができないと、心の発達に障害が生じたり、自立がうまくできなかったりすることがあると書かれています。

そして逆に、「甘やかし」はよくないとされていることが多いです。

 

でも、私は子供が自立するまでは甘やかしてもいいと思うのです。

 

もちろん、わがままに応えるということではありません。間違ったこと、周りに迷惑をかけるようなことには応える必要はないのです。

 

 

前回の記事(兄弟差別)に書きましたが、私は長女のことばかり心配し、小さいころからしっかりもので言いたいことをはっきりと言うことができる次女に対しては心配りができていなかったように思います。

 

だから、本当は甘えたいのに我慢している次女の気持ちに気づかず、できて当たり前という態度でいつも接していました。

 

娘から何か頼まれても「自分でできるでしょ?」と言ってしまったり、やってあげたとしてもブツブツ言いながら嫌そうにやったり・・・。

 

でも今は、

 

娘の「甘え」にはちゃんと応えよう!

 

と思ってやっています。

 

例えば、学校から帰宅するときに疲れたから迎えに来てほしいと連絡があったら、すぐに車で迎えに行きます。

(私が迎えに行けないときは連絡してこないのです)

 

カラオケに行きたいと言ったら付き合います。

(私もカラオケ好きなので)

 

どうせやるなら喜んで!

 

「甘え」に応えるようにしています。

 

 娘が高校を卒業するまでは、しっかりと甘やかしてあげようと思います。

 

 

でも、これって難しいことも多々ありますよね。

 

仕事していたら時間的な余裕がなかったり、体調が悪い時もありますし、他の兄弟との兼ね合いがあったり。

 

だから、そんなときはちゃんと「今応えられない理由」を伝えたら、子供はわかってくれます。

 

そのときは怒ったりすねたりするかもしれませんが、ちゃんとわかってくれます。

 

 

大切なのは、

 

「私はあなたの甘えにはできるだけ応えますよ」

 

というスタンスでいること。

 

自分の機嫌で応えたり応えなかったりではなく。

 

そうしていると、次第に「甘え」が減ってきて、その分、たくましく成長していくように思います。

 

といっても、不登校真っ只中のときは気持ちばかりがあせって、余裕がなくなり、甘えてくる子供に応えられないときもあります。

 

そんなときは自分を甘やかてみてください。

 

たとえば、ずっと行きたかったカフェに行って美味しいものを食べるとか、ずっと欲しかったものを買ってみるとか、親が元気なら実家に帰ってのんびり過ごしてぐちのひとつでもこぼしてみるとか。

 

そしてまた、気持ちを切り替えて

 

「甘え」に応えられる親  

 

になりましょう!

 

その努力はきっと子供にも伝わります。

『兄弟差別』

「お姉ちゃんが頭が痛いっていったら頭のマッサージとかしてあげてずこく心配するのに、私が痛いっていっても何にも心配してくれないじゃん!」

 

以前、娘から言われた言葉です。

 

その前にも、主人から、長女と次女に対する態度が違うと思うよ、と指摘されたことがありましたが、

 

「そんなことないでしょ」

 

と簡単に考えていました。

 

ところが、次女に言われて初めて、本当にそうなんだなと気づかせてもらったのです。

 

私は、 

『兄弟差別』

をしていたのです。

 

人間、自分の姿、行動をはたから見ることができないので、人と話しているときの表情や普段の行動はわからないものです。

人から言われて初めて気づくことがあります。

 

でも、お姉ちゃんと自分への対応の仕方がそれほど違うことに、次女がどれほど傷つき、胸を痛めていたことか、と申し訳ない思いでいっぱいになりました。

 

無意識に「兄弟差別」をしている人は意外に多いと思います。

自分ではなかなか気づかないものです。

だから、周りの人にたずねてみることをお勧めします。

 

ただし、親しい人でないと子供達も一緒に会うことってなかなかないですよね。

私は、長女が幼稚園生だったときからのママ友に「私って〇〇と〇〇の扱い方違うかな?差別してると思う?」とたずねたことがあります。

子供達が大きくなってからは、みんなで会うことはなくなりましたが、数年前までは一緒にクリスマスパーティーやバーベキューをしていたので、私の次女への対応も見ていたからです。

そのママ友からは「いいやーそんなことないと思うよ」という回答でした。

十数年来の友達でもわからなかったようなので、ご主人や自分の親などにもたずねてみてはいかがでしょうか。

 

 

前に、不登校の子を持つお母さんたちの集まりに参加したときに、上が中学生の女の子、下が小学生の男の子をもつ方がいらっしゃいました。

娘さんのほうが中学に入ってから不登校になり、対応に悩んでいらっしゃいました。

色々話を聞いていてすぐに思ったのが、その方は息子さんのことすごくかわいいのだな、ということでした。

 

「私が辛そうにしてるとね、息子がママ大丈夫だよって肩をさすってくれるんですよ。」と嬉しそうに言われます。そして、息子さんはこんなこと頑張ってるとか、あんなことをしてくれたとか話をされました。

 

そして、娘さんと口論になったときの話もされました。

「娘が(自宅の)ベランダに行って飛び降りそうな仕草をしたけど、どうせ飛び降りないと思ってほおっておいたら、やっぱり飛び降りなくて、主人が声をかけてやっと中に入ってきたんですよ」と。

 

その話を聞いてとてもとても辛くなりました。

 

その娘さんは、そこまでしてでもお母さんの愛情を確かめたかったんだと思います。

慌ててベランダに出てきて抱きしめてほしかっただけだと思います。

 

なのに、「どうせ飛び降りないと思って」ほおっておいたそうです。

たとえ飛び降りないと思ってても、「大切な娘が飛び降りたら大変!」とあわてて止めに行くべきです。

そうしてもらえず、家にも入りづらく、ただベランダにいることしかできなかった娘さんの気持ちを考えると辛くなります。

 

私の娘も本当は頭は痛くないのかもしれません。でも、大丈夫?と心配してそばに来てほしいのだと思うのです。

 

 

でも、人間そう簡単には自分の行動を変えられないものですね。

 

気をつけるようにはなったのですが、ついつい、頭が痛くても多少の熱があっても学校を休んだりしない長女に対しては「大丈夫?」とそばまで行くのに、いつも痛みを訴えてくる次女に対しては「また痛いの?薬飲む?」という言葉がけだけの対応をしてしまうこともありました。

 

でもあきらめず、反省して自分を見直し、娘と一緒に日々少しずつでも成長していけたらと思うのです。

習い事

我が家の娘は色々と習い事をしました。

私たち親が勧めたわけではなく、自ら「これを習ってみたい」「あれをやってみたい」

と言うのです。

でも、ほとんどが長続きすることはなく、数ヶ月で辞めてしまいました。

 

 

その都度、

 

また続かなかったら・・・

 

と正直思いますが、自宅でテレビやインターネット、ゲームをするくらいなら少しでも外に出た方がよいと思い、やらせてきました。

 

家庭教師

ギター

ボイストレーニング

スポーツジム

英会話

 

など。

 

 

確かに、すごくお金はかかります。

 

 

「月謝払ってるんだから、ちゃんと休まず行ってよー(涙)」

 

「もう辞めるの?入会金もったいなーい(涙)」

 

という言葉を何度も飲み込みました。

 

 

でも、

 

経済的に許せる範囲であれば、できるだけやらせてあげるほうがよいと思います。

 

何かやりたいと思い、行動に移すこと。

 

これって、学校にも行けず自宅で悶々と過ごしている娘にとってのもがきであり、今の自分を変えたいという気持ちの表れだと思うのです。

 

何もやる気になれず、ただただテレビの画面をぼーっと見続けている娘が、たまに動き出したい気持ちにかられるのでしょう。

 

ただ、どれも数ヶ月経つと

 

「いきしぶり」

 

が出てきます。

 

 

娘の場合は、人と接することが苦手だったり、ちょっとした相手の言動行動が気になり、

 

その先生に会いたくない=行きたくない

 

となってくるのです。

 

スポーツジムは特別先生がいるわけではないので、他のものより長く続きましたが、それでも半年くらいでした。ジムにはたくさんの人が来ているので、やはり人の目が気になってのことでした。

 

 

人と接することが苦手

 

人の言動行動が気になる

 

人の目が気になる

 

 

これは、結局、自分に自信がないからだと思います。

よく言われる

 

「自己肯定感」が低い

 

ということです。

 

これも、私の娘に対する接し方がいけなかったのだと反省しています。

 

娘からはよく

 

「なんでいつも私の言うことに否定から入るの」

 

と言われます。

 

そう言われて初めて、確かに私は娘が話してくれたことに

 

「でもさ」

 

から始まる言葉ばかり返していました。

 

「そうだよね」

 

から始まる同調の言葉がけをほとんどできていませんでした。

 

娘がそれを指摘できるようになったのは中学2年生になってからだったと思います。

それまで、私自身がそのことに気づいていなかったのです。

 

指摘されてからは、同調の言葉がけから入るように心がけています。

 

もちろん、私の考えを伝えることもありますが、最初に娘の考えを受け入れ、そのあとで「ママだったらこうするかな」とか「ママはこう思うな」と言うようにしています。

 

ですが、時々忘れてしまっている私に対し、娘のが入ります

 

そうすると、また反省して自分を改めるのです。

人間、そう簡単には変われませんね(汗)

 

ちなみに、中学3年から行き出した塾(中学1年のときとは別の塾)と、高校に入ってからやっている英会話はまだ続いています。

少しは自己肯定感が上がってきたのでは?と期待しつつ、今日も私自身の言動を振り返るのです。

『子育ては自分育て』

どこかで聞いた言葉です。

RADWIMPS野田洋次郎さんのメッセージ

9月に入り、ほとんどの小、中、高校で夏休みが明けたと思います。

 

この時期、学校に行くことが苦痛で自ら命を絶つ子供が一番多いそうです。

 

そんな子供たちのために、読売新聞の[STOP自殺 #しんどい君へ]というインタビューで様々なジャンルの著名人の方がメッセージを送っていました。

 

その中で私が一番印象深かったのは、RADWINPSの野田洋次郎さんのメッセージでした。

 

もともと私も娘もRADWINPSの曲が好きでしたし、先日、野田さんが帰国子女という話を娘から聞いたばかりだったので、特に興味がありました。

 

野田さんは、幼稚園のときに日本からアメリカに引っ越し、アメリカで3回の転校の後、10歳で帰国したそうです。

そして、アメリカでも日本でも

 

ずっと『異物』のような感覚があった

 

と言っています。

 

 

娘も幼稚園の年少のときに海外に行き、現地の幼稚園に転入しました。

(実は・・・帰国子女です)

小学校は日本人学校だったのですが、少人数でいわゆるスクールカーストもないような学校でした。

そして野田さんと同じく10歳で小学5年生に上がるときに帰国し、日本の小学校に転入しました。

 

野田さんが「『異物』のような」と言われている感覚は、おそらく娘にもあったのではないかと思います。

 

昼休みもみんなと一緒に遊ぶのが普通

 

トイレも一緒に行くのが普通

 

周りと同じ行動をしないと変な目で見られたり、一緒に遊んでもらえないときもあったようです。

 

 

見た目や行動がマジョリティーと違っていたら、それだけで異物扱いをされ、いじめの対象となることが多々あります。

 

これは日本の教育が 

 

みんなと同じように

 

できる子が いい子だとしてきたからでしょうか。

 

ある方の息子さんが、小学生の時の図工の授業で画用紙に絵を書くとき、みんなが画用紙を横にして描いている中、その子だけ縦にして描いたそうです。

その後、教室の後ろの壁に全員の絵を貼ってあったそうですが、その子の絵だけは横の壁に貼ってあったそうです。

 

子供たちの個性を尊重してあげるべき先生が、画一的に画用紙の方向まで決め、それを守れなかった子の絵を

 

「仲間はずれ」

 

にしてしまっているのです。

(もちろんそんな先生ばかりではないはずです)

 

 

野田さんは、「こんな優しくなくて、不平等で、残酷で、嘘つきばっかりで、やってられない世界」だけど、「僕は君に生きていてほしい。」と伝えています。

なぜなら、こんな世界に疑問も持たずに生きていられるような人ばかりになってほしくないから。そして、今の状況は一生は続かないから。

 

娘も、そして私も、一番苦しかった娘の中学時代、暗いトンネルの中で一向に出口の明かりが見えてこない中、出口なんかないのではないか、と思うこともありました。

 

「死にたい」「死んだほうがまし」という娘の言葉に、そこまでつらい思いをしている娘を救えない自分の存在が情けなく、申し訳なくなりました。

 

ですが、今は、共に出口を見据えて進んでいます。

いえ、もしかしたら横道に入ったところに別の出口があるかもしれません。

 

そう、出口は必ずあるのです!

 

今はそう思えるようになりました。

 

トンネルを抜けるにはもう少し時間がかかるかもしれませんが。